D-TAS概論
「鉄道と電気技術」2020年7月号に、JR西日本が広島地区を中心に整備を進めている「D-TAS」の概要が掲載されていたので、それについて書きたいと思います。
(写真は阿武隈急行8100系の運転台。JR西日本とは全く関係がありません)
JR西日本は2010年より、ATS-Dx(ATS-DN/DK/DF)に類似した車上データベースを利用した新しい保安装置としてATS-M形を山陽本線で試験していました。
2014年に227系導入が発表された際には「ATS-DW形」と名称を変更していた。一方、2018年に山陽本線 岩国駅〜西広島駅間へ導入されることが決定された際、プレスリリースには「D-TAS」と紹介され、開発・整備過程において2回名称が変更されています。このためか、227系の運転台モニタにおける表示は「DW」、車体横の保安装置表記には「DWs」と記載されており、正式名称と他の表示が一致していない1。
D-TASはATS-Dx同様、信号機の設置位置や線路条件等の「固定情報」記録した「車上データベース」(車上DB)を搭載しています。信号現示や進路開通等の「変動情報」をATS地上子から受信、速度発電機により時列車位置を把握し、規定位置まで減速・停止できるよう速度照査パターンを生成するシステムです。D-ATCやATACSも類似のシステムを採用しており、保安度を向上させています。また、工事等による計画徐行や列車の停止位置を設定することも可能で、乗務員の運転支援機能も兼ね備えています。
その一方、従来のATS-SW形と同一の共振周波数も採用しており、既存の設備を流用することが可能になっています。
共振周波数には、ATS-Sx系で共通の103, 123, 130kHz(以下、kHzは省略)、そしてATS-Ps形で追加された73, 80, 85, 90, 95、そしてデジタル情報用468±12を使用する。一方、ATS-SN形以外で使用される車上時素式速度照査機能用の108.5は使用していないようである。
使用される周波数の主な機能は次の表の通りである。括弧内のロング、中間、直下は、それぞれロング地上子、中間地上子(ロングと直下の間に設置される)、直下地上子で使用される周波数であることを指す。
区分 | 周波数(kHz) | 機能 |
---|---|---|
共振周波数 | 103 | 進行現示 第1進路情報 |
123 | ロング警報 | |
130 | 即時停止 | |
73 | 第3進路開通 (ロング、中間、直下) |
|
80 | 第2進路開通 (ロング、中間、直下) |
|
85 | 第1進路開通 (ロング、中間、直下) |
|
90 | 終端防護パターン発生 | |
95 | 閉塞信号機停止現示(中間) | |
MSK変調電文 | 468±12 | 列車位置確定 車上DB切換 進路が4進路以上の場合 |
場内信号機の場合、停止現示と進行を指示する現示の場合では次のような周波数発振となる。
条件 | ロング | 中間n | 中間2 | 中間1 | 直下 |
---|---|---|---|---|---|
場内停止現示 | 130 | 95 | 95 | 95 | 123 |
第1進路開通 | 85 | 85 | 85 | 85 | 85 |
第2進路開通 | 80 | 80 | 80 | 80 | 80 |
第3進路開通 | 73 | 73 | 73 | 73 | 73 |
進路が4進路以上ある場合にはデジタル地上子で対応するが、これは採用区間においては3進路以下が多数を占めており、高価なデジタル地上子を多数採用せず費用を抑えるための施作であると思われる。またこのように1地上子で4周波数に対応する必要があることから、新規に多周波数地上子を開発している。
4進路以上の場合について特段記載はなかったが、おそらくはデジタル地上子を上記表と同様に設置していると考えられる。
閉塞信号機については、停止現示時にはロング130・中間95、進行を指示する現示時にはロング103・中間85とすることで区別している。
車上DBには、信号機位置、曲線や分岐器等の線路条件、ホームやセクション・停止位置目標の位置が記録されている。D-TASでは線路を分岐器毎に「線路ブロック」で区分しており、信号機等の位置はこの線路ブロックIDとそのブロック始端からの距離によって定義している。
列車番号や停車駅、編成両数、徐行情報等日毎に変化する情報は、乗務員が携行するICカードに登録し、乗務する都度に車上装置に読み込ませる。
ATS-SW形からD-TASに切り替える場合は、ATS-SN形からATS-P形に切り替える際と類似している。デジタル地上子を通過すると、地上子からの情報により列車は「位置確定」となり、D-TASの各種機能が有効となる。
信号機については、位置確定後に自列車の進路を車上DBから検索し、進路上最大5つの信号機に対して「停止現示だった場合の速度照査パターン」を生成する。その後、信号機に従属する地上子から現示情報を得て、パターンの維持もしくは破棄を行う。破棄した場合、新たに次の信号機に対する速度照査パターンを生成する。ATS-P形では「地上子から受信する条件によって速度照査パターンを生成」しており、D-TASの「予め停止現示と推定して速度照査パターンを生成する」設計はATS-P形のそれと異なっている。
曲線や分岐器等の線路条件については、停止信号パターンに加えて、一定距離内の線路条件に対して列車近位から最大5ヶ所について速度照査パターンを生成する。更に分岐器では、列車の進路上に存在する最も厳しい制限速度に対して速度照査パターンを設定する。その後、地上子から進路情報を受け取ると、速度照査パターンを更新する。これにより、進路情報を受け取れなかった場合でも分岐器速度制限を超過することなく、また分岐器に接近した段階で速度照査パターンが厳しいものにならないよう配慮されている。また、パターンの継続距離は編成長を考慮し、編成最後端が制限区間を通過しない段階で再加速し速度超過しないように配慮されている。
D-TASは、JR西日本が開発した「地方幹線向けの比較的安価で安全性を向上させた保安装置」と言える。今後は山陽本線のみならず他の路線にも拡大整備されていくことだろう。
JR東海は2012年に管内在来線におけるATS-PT形の整備が完了し、JR東日本も日本海縦貫線を中心に拠点Pの整備を進めている。本州3社においては、今後も保安装置の安全性が向上していくことだろう。
出典
- 辻江義孝, 高口淳一, 志田洋. 車上データベースを活用した保安システム(D-TAS)の導入. 鉄道と電気技術, 2020, 31巻7号, p.22-26
- 山陽線 西広島~岩国駅間で新保安システム(D-TAS)を使用開始します
(一部加筆、修正しました)
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません